みなべ町は日本一の梅の産地で、中でも「南高梅」は梅干のトップブランドとして全国的に知られています。
梅の花が咲くこの時期、梅林は一般公開され、そのうちの一つ「岩代大梅林」に立ち寄りました。
入場料を払い敷地内に入ると、白いジュウタンを敷き詰めたような満開の梅林を見下ろすことができました。
続いて、日本一の梅林「南部梅林」へ向かいましたが、駐車場に入る車で大渋滞したため断念しました。
国道424号線→371号線を走り、奈良県境に向かって紀伊山地を上っていきます。
美人の湯で知られる龍神温泉で昼食をとり、高野龍神スカイラインに入りました。
高野龍神スカイラインは、和歌山・奈良県境を尾根づたいに走る山岳道路で、近年無料開放されました。
紀州の最高峰・護摩壇山(ごまだんざん)山頂付近では、一面銀世界となり樹氷がとてもきれいでした。
画像1枚目:岩代大梅林・・・・盗難防止のため、敷地の周囲には鉄線が張られ厳重管理されています。
画像2枚目:梅林内に咲く紅梅(こうばい)・・・・栽培に適さないのか、ごく少数です。
画像3枚目:道路案内板/みなべ町にて・・・・高野山まで100Km超。山道のため3時間以上かかります。
画像4枚目:ドライブイン龍の里・・・・周囲の山々の杉は、今にも花粉が飛び散りそうな色をしていました。
画像5枚目:護摩壇山(標高1372メ-トル)山頂付近にて・・・・路面には一部積雪がありました。
画像6枚目:ごまさんスカイタワ-脇より紀伊山地(奈良方面)を望む。
<2月11日:2日目>
ホテルを7:00に出発し、南紀白浜温泉へ向かいました。
白浜温泉は、かつて「東の熱海・西の白浜」とならび称され新婚旅行先のメッカでした。
道後温泉・有馬温泉とともに、「日本三古湯」に数えられる非常に歴史の古い温泉地です。
初めに、白浜のシンボル・円月島を対岸より眺めました。島の中央にぽっかりと開いた海蝕洞が特徴です。
続いて、白良浜(しららはま)に立ち寄りました。真っ白な砂浜がとてもきれいでした。
ハワイのワイキキビ-チと「友好姉妹ビ-チ」の提携を結び、「日本の渚100選」に選定されています。
続いて、景勝地・千畳敷に立ち寄りました。太平洋に面したスロ-プ状の岩盤で、夕日の名所となっています。
最後に、三段壁に立ち寄りました。先ほどの千畳敷とは対照的に、鋭い剣のような岸壁に目を奪われました。
白浜温泉の名所観光を終え、「南紀白浜とれとれ市場」に立ち寄りました。
店内には、近くにある堅田漁港で水揚げされた魚介類を中心に、新鮮な海産物が多く並べられていました。
発砲スチロ-ルの容器を準備し、マグロのかま・マグロの刺身・さんまの丸干しなどをお土産に買い求めました。
国道42号線に入り、南高梅(なんこううめ)で有名な みなべ町へ向かいました。
画像1枚目:円月島・・・・南北130メ-トル・東西35メ-トル・高さ25メ-トルの小島です。
画像2枚目:白良浜・・・・奥に見えるのは白浜温泉ホテル街です。夏には海水浴客で賑わいます。
画像3枚目:千畳敷・・・・畳を千枚敷けるほどの広さ(およそ4ヘクタ-ル)が名前の由来です。
画像4枚目:三段壁・・・・高さ50~60メ-トルの大岩壁は、およそ2Kmにわたって続きます。
画像5枚目:南紀白浜とれとれ市場・・・・8:30の開店を待って、多くの観光客が入店しました。
画像6枚目:串本港水揚げ・ビンチョウマグロ・・・・1尾11000~13000円の値が付いています。
大泊まで戻り、東紀州きっての景勝地・鬼ヶ城に立ち寄りました。
熊野の海に突き出た断崖で、名前のとおり鬼が住んでいそうな雰囲気を漂わせていました。
鬼ヶ城を後にして、国道42号線をさらに南下していきます。
熊野灘に沿った美しい海岸線の七里美浜は、「日本の渚100選」に選定されています。
熊野川を渡り、和歌山県新宮市に入りました。国道168号線に入り、熊野川上流に向かって走っていきます。
16:30熊野本宮大社に到着しました。熊野三山のひとつで、熊野古道・伊勢路および小辺路の終点となります。
鳥居をくぐって長い石段を登りつめると、荘厳な桧皮葺(ひわだぶき)の社殿が姿を現しました。
一社だけの熊野詣を済ませ、国道311号線に入り、紀伊半島を横断していきます。
並行して走る熊野古道・中辺路は、田辺市から熊野本宮大社・熊野那智大社を経て、新宮市の熊野速玉大社に通ずる参詣道で、経路上には熊野権現を祭祀した王子と呼ばれる祠(ほこら)がいくつもあります。
車は田辺の市街地に入り、19:30本日宿泊の「ビジネスホテル・サンシャイン」に到着しました。
☆本日(10日)の走行距離:395Km<岐阜→田辺>
画像1枚目:熊野古道・大吹峠・・・・竹林と石畳の組み合わせが、古道らしさをいっそう引き立てます。
画像2枚目:鬼ヶ城・千畳敷・・・・鬼ヶ城もまた「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。
画像3枚目:道路案内板/新宮市にて・・・・国道168号線は熊野川・十津川に沿って奈良県五條市に至ります。
画像4枚目:穏やかな熊野川の流れ・・・・紀伊山地の山々が重なって見えます。
画像5枚目:熊野本宮大社・・・・拝殿が4つ並び、参拝客はそれぞれの前で手を合わせます。
画像6枚目:道路標識/中辺路町にて・・・・市町村合併により、田辺市は非常に広面積な自治体となりました。
今回は、マイカ-で熊野古道の道跡を辿りながら南紀白浜・高野山をめぐる旅に行ってきました。
熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称です。
参詣道には、小辺路(こへち)・中辺路(なかへち)・大辺路(おおへち)・伊勢路(いせち)などがあります。
2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録されました。
<2月10日:1日目>
岐阜を6:00に出発し、桑名東インタ-より東名阪道に入りました。
御在所サ-ビスエリアで休憩をとり、亀山より伊勢道に入りました。
勢和多気ジャンクションより紀勢道に入り、8:00大宮大台インタ-を下りました。
国道42号線に入り、大紀(たいき)町にある滝原宮(たきはらのみや)に立ち寄りました。
滝原宮は伊勢神宮・内宮(皇大神宮)の別宮で、滝原宮と滝原竝宮(ならびのみや)が並んで建てられています。
早朝のため、宮域には誰もおらずひっそりと静まり返っていました。
しばらく車を走らせ、熊野古道・伊勢路の一つ「ツヅラト峠」の登り口に立ち寄りました。
かつて伊勢と紀伊の国境であった峠で、伊勢から熊野へ向かう旅人はここで初めて熊野の海を目にしました。
近年の熊野古道ブ-ムを反映してか、リュックを背負ったハイキング客が多く見られました。
車は紀北町を通り過ぎ、尾鷲市に入りました。本日オ-プンの「三重県立熊野古道センタ-」に立ち寄りました。
同センタ-は、世界遺産・熊野古道と東紀州地域の魅力を、全国に発信するための中核となる施設です。
市内にて昼食後、矢ノ川峠を越え熊野市に入りました。大泊より国道311号線に入り、しばらく北上します。
熊野古道・伊勢路の一つ「大吹峠」の登り口・波田須(はだす)に立ち寄りました。
ここは、不老不死の仙薬を求めて中国からやってきた徐福(じょふく)が上陸したと伝えられる場所です。
古道を少し踏み入れると、鎌倉期のものとされる巨石の石畳が残っていました。
画像1枚目:東名阪道・御在所サ-ビスエリアにて
画像2枚目:滝原宮・・・・伊勢神宮にならい20年毎の式年遷宮が行われます。
画像3枚目:熊野古道・ツヅラト峠・・・・これらの峠道を歩くバスツア-ハイキングが数多く企画されています。
画像4枚目:熊野古道・馬越(まごせ)峠・・・・熊野古道・伊勢路の一つで、紀北町と尾鷲市の境にあります。
画像5枚目:熊野古道センタ-・・・・尾鷲ヒノキ・熊野杉をふんだんに使用した重厚な造りの建物です。
画像6枚目:波田須から眺める熊野灘・・・・太陽の光が海面をいっそう青くさせます。
「そば道楽体験道場」を後にして、国道361号線を高山方面へ進めていきます。
途中、御嶽明神温泉「やまゆり荘」に立ち寄り、日帰り入浴を楽しみました。
長峰峠を越え、岐阜県高根村に入りました。今度は、御岳山の北側山麓を走っていきます。
チャオ御岳スキ-場・濁河(にごりご)温泉を経由し、小坂町に出ました。
国道41号線を南下し、19:00 下呂温泉に立ち寄り夕食をとりました。
金山より飛騨街道(関金山線)に入り、国道156号線を経由し、22:30 岐阜に到着しました。
画像1枚目:木曽馬放牧地・・・・木曽馬は北海道の道産馬・宮崎の御崎馬と並ぶ日本古来の三大在来種です。
画像2枚目:開田高原アイスクリ-ム・・・・製造直売の工房では、様々な乳製品が販売されていました。
画像3枚目:長野岐阜県境・長峰峠付近にて・・・・辺りはすでに日が沈みかけています。
画像4枚目:下呂温泉のネオンサイン・・・・開湯伝説に因む白鷺は下呂温泉のシンボルになっています。
画像5枚目:下呂温泉中心街・・・・光り輝く街路灯が温泉情緒を醸し出しています。
Author:travelking0105
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